2010年01月04日

義によって助太刀いたす

助太刀(すけだち)とは、武士の世界で仇討ちや果たし合いなどに助力することで、転じて加勢や援助をすることです。

時代劇を観ていると、時々、

「義によって助太刀いたす」

という台詞を耳にします。大抵は、親の敵を討つ仇討ちで、親戚やその他縁や義理があった人が助太刀に入ります。

しかしあるとき、「一体何の義だ?!」と敵に問われて、

「通りすがりの義だ」

と答えた役者(武士)がいました。その時はウケて笑っていたのですが、あとになって、これは実は深いんだ、と思いました。

「義」なんていうと、古めかしい響きで、ヤクザ映画か大河ドラマの主題みたいですが、言い換えれば、「私に出来ることなら手助けしたい」という、思いやりの心が根底にあるように気がします。

アメリカのオバマ大統領がプラハの演説で、「アメリカは初めて核兵器を使用した国として道義的責任 (moral responsibility) がある」と発言して話題になりました。

「通りすがりの義」とは、moral responsibilityと言えるのかもしれません。
posted by abby at 18:12| Comment(0) | MONONOFU | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月18日

戦国時代の荒武者

とあるテレビ時代劇を観ていたら、

「太平の世には珍しい、戦国時代の荒武者のようであった。」

という台詞があった。

舞台は元禄、文化爛漫の平和な時代。この時代の鈍ら(なまくら)武士たちは、今で言うところの「草食男子」であったのだろうか。

職場のイタリア人と日本人のハーフの男の子(まだ20代)が、先輩女性に、

「最近の日本の女の子は、草食系が好きなのよ」

と言われて怪訝な顔をしていた。

私は「戦国時代の荒武者」の方がいいわ(笑)。

4897654.jpg

posted by abby at 22:08| Comment(0) | MONONOFU | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月18日

最高の1枚!

2009061818080000.jpg


弱い者から金をだまし取るなど言語道断!
posted by abby at 22:05| Comment(0) | MONONOFU | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月31日

上杉は

「助けを求めてくる者を拒みませぬ。」

"Everything that the Father gives me will come to me, and I will not reject anyone who comes to me. (John 6:37)"

「父がわたしにお与えになる人は皆わたしのところに来る。わたしのもとに来る人を、私は決して追い出さない。(ヨハネによる福音書第6章37節)」

posted by abby at 21:13| Comment(0) | MONONOFU | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月20日

切支丹(キリシタン)

某有名時代劇で、将軍の生母にあたる方にキリシタン(クリスチャン)の疑いがかけられ、彼女は踏み絵を強要されそうになる、という場面があった。

そのとき彼女はかたくなに踏み絵を拒み、こう答える:

「私は切支丹ではありません。しかし、例え異国の神の肖像であろうとも、人々が神と崇める方の肖像を足蹴にすることはできませぬ。」
posted by abby at 23:40| Comment(0) | MONONOFU | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

このページのトップへ戻る